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イッセイ ミヤケ、1976年創業の地に青山旗艦店を再オープン

イッセイ ミヤケは、1976年に東京で最初の店を構えたのと同じ南青山の一角に旗艦店を再オープンした。長年のパートナー、吉岡徳仁氏によるデザインは、発祥の地でブランドの衣服構築哲学そのものを見せる仕掛けとなっている。

折り畳まれた衣服をガラスケースに並べたミニマルな東京の路面店と、並木道を歩く2人のシルエットを描いたフラットベクターイラスト
イラスト:floortok.com

イッセイ ミヤケは8月7日、青山の発祥地に新店舗「132 5. ISSEY MIYAKE / AOYAMA」をオープンしたと発表した。所在地は1976年6月に同ブランドが東京で最初の路面店を構えたのと同じ、南青山の一角だ。

住所は南青山5-3-10、FROM-1stビル1階。同ビルは半世紀近くにわたりイッセイ ミヤケの東京における拠点であり続けてきた。同社によると、2010年11月には同じ建物に「132 5. ISSEY MIYAKE」のコンセプトショップ第1号も開業しており、今回の新店は同じ場所に出店した3店舗目のイッセイ ミヤケ店舗となる。

内装デザインを手がけたのは吉岡徳仁氏だとブランドは発表した。オープンでゆとりのある空間構成とし、ガラス製什器を整然と配置することで、立体的な衣服の構造そのものへの「驚き」を来店者に感じてもらう狙いだという。完成した一着だけでなく、その背後にあるものづくりや創作のプロセスに目を向けてもらう仕掛けとみられる。

イッセイ ミヤケは新店を「未来へ向けた再生の場」と位置づけ、ブランドの原点に立ち返りながら、新たな研究開発の発信拠点とする考えを示した。単なる改装というより、2010年に同じ場所で立ち上げた「132 5.」——一枚の布から立体を生み出す、数理に基づく衣服技術——に、ブランド発祥の住所そのものの役割を再び託す動きと読める。

場所の選び方は、デザインそのものと同じくらい意味を持つ。創業者の三宅一生氏は2022年に死去しており、同氏が最初の店を構えたまさにその場所で、長年のデザインパートナーである吉岡徳仁氏が新たな空間を手がける形での再出発は、単なる懐古趣味ではなく、継続性を示す意図的な行為と映る。ブランドを生んだ住所が、今度はその技術哲学を未来へ引き継ぐ役割を担う格好だ。プロダクトと同じくらいプロセスに価値を置くブランドにとって、そのプロセスをガラス越しに、発祥の地でそのまま見せることは、イッセイ ミヤケのものづくりこそが今なお語るべき物語だという、プレゼンテーションへの賭けと言える。