ヘリテージ、品質、イノベーション:偉大なブランドに三つすべてが必要な理由
LVMH時代に学んだ教訓と、新しいブランドが自らのヘリテージを築く方法
教訓の中には、複雑だからこそ記憶に残るものがある。一方で、その後のほぼすべての判断に応用できるほど単純だからこそ残るものもある。私のキャリアで最も役に立った教訓の一つは、LVMHに在籍していた頃、ベルナール・アルノー氏が私たちのチームに、真に優れた製品とは何かを語ったときに得たものだ。私の記憶では、彼の要点はこうだった。優れた製品は三つの要素の上に成り立つ。古さ・歴史、すなわちヘリテージ(伝統・歴史)、品質、そしてイノベーションである。そして彼は、三つすべてが必要だとはっきり述べた。三つのうち二つでは足りない。
それは、彼が数年前に公の場で語っていたことと響き合うものだった。2001年の『ハーバード・ビジネス・レビュー』のインタビューで、彼は業界でも稀な「スターブランド」の核心にあるパラドックスを説明している。スターブランドは、時代を超えていると同時にモダンであり、急成長しながら高い収益性を保たなければならない。それも、すべてを同時にである。時代を超えていることとモダンであることを、一度に求める。この緊張関係こそが、考え方の核心である。
同じ勘定にある三つの項目
このシリーズの第1回で、私はブランド・エクイティを貸借対照表上の勘定にたとえた。預け入れによって積み上がり、引き出しによって目減りする勘定である。アルノー氏の三つの要素は、この勘定が実際にどう動くかに密接に対応している。
ヘリテージは利益剰余金である。 ブランドがこれまでに下してきた優れた判断の累積残高だ。価値を保ち続けた製品、守られた約束、顧客が見分けられるようになったブランドのコード。ブランドが新しいものを発売した初日から真剣に受け止められるのは、このためである。
品質は監査である。 品質は、その残高が本物であることを裏づける。縫い目を確かめる顧客、コートを10年着続ける顧客、時計をメンテナンスに出す顧客は、実質的に帳簿をチェックしているのだ。製品がストーリーに見合わなければ、監査は不合格となり、残高は下方修正される。それも、しばしば大幅に。
イノベーションは投資である。 勘定に利息を生み続けさせるものだ。イノベーションがなくても、残高が一夜にして崩れるわけではない。ただ増えなくなるだけである。その間に、競合や移り変わる嗜好が、その実質的な価値を静かに削っていく。
こう考えると、三つのうち二つでは足りない理由は明らかだ。
一つが欠けると何が起きるか
イノベーションなきヘリテージは、博物館になる。ブランドは尊敬されても、欲しいとは思われない。すでに知っている人からは称賛されるが、次の世代からは見向きもされない。多くの老舗の名がこうして色あせてきた。歴史を失ったからではなく、今日その歴史を気にかける理由を誰にも与えなくなったからだ。勘定はまだ黒字だが、何も生まず、年ごとに少しずつ価値を失っていく。
ヘリテージなきイノベーションは、目新しさにすぎなくなる。注目と初期の売上は生み出せても、その下に何もないため、価値を保つのに苦労する。顧客は楽しみ、そして去っていく。ファッション業界は、ひとシーズンだけ話題をさらった名前であふれている。大きく目立つ預け入れがあっても、それを受け止める勘定がないのだ。
品質なきヘリテージとイノベーションは、最も危険な組み合わせである。優れたストーリーと新鮮なアイデアがあれば、顧客に一度は買ってもらえる。だが製品が約束に見合わなければ、ストーリーは逆に自分に不利に働き始め、顧客は欺かれたと感じる。これが最も大きな損害をもたらす引き出しだ。ヘリテージとイノベーションの両方から同時に引き出すことになるからである。
三つがそろうと、互いを強め合う。ヘリテージはイノベーションに意味を与える。イノベーションはヘリテージを生かし続ける。品質は両者に説得力を与える。
確立したブランドにとって、ヘリテージは責任である
数十年、あるいはそれ以上の歴史を持つブランドにとって、ヘリテージは大きな強みとなる。ただし、それを能動的なものとして扱う場合に限られる。ラルフ ローレンやグッチからLVMHグループ、プラダに至るまで、私が仕事をともにしてきた老舗メゾンのうち、歴史をうまく生かしたところは、単にそれを繰り返すのではなかった。再解釈していたのである。
そのためには、自社のアーカイブを深く知ることが欠かせない。創業者の本来の意図、シグネチャーとなるコード、職人の技法、ブランドを決定づけた瞬間。同時に、そうしたコードが今、つまりそれが生まれたときにはまだこの世にいなかった顧客にとって何を意味するのかを問う自信も必要になる。
おそらく最も分かりやすい例はルイ・ヴィトンであり、そこには日本との強いつながりもある。1854年にトランクメーカーとして創業した同メゾンは、世界で最も知られたモノグラムの一つを持っていた。1997年にマーク・ジェイコブスがクリエイティブ・ディレクターに就任すると、彼はプレタポルテを導入し、モノグラムを単に守るべきものではなく、再解釈すべきものとして扱い始めた。2003年には日本人アーティストの村上隆を招き、モノグラムをマルチカラーで描き直させた。純粋主義者たちは不安を覚えた。だが顧客は、とりわけ日本の顧客は、そうではなかった。このラインは10年以上続き、クラシックなモノグラムを親世代のブランドと見なしていた世代にメゾンを引き合わせた。ヘリテージがキャンバスとなり、イノベーションが人々に改めて目を向けさせ、製品の品質が購入する価値を生んだ。三つすべてがそろっていたのである。
グッチは、同じ教訓の両面を示している。2015年以降、アレッサンドロ・ミケーレはメゾンのアーカイブにあるコード、すなわちホースビット、ウェブストライプ、GGパターンに立ち返り、それらをきわめて力強く再解釈した。その結果、ブランドの成長はこの10年を象徴するストーリーの一つとなった。その後、同じコードがますます多くの製品に使われるようになると、メゾンはその露出の影響と向き合わざるを得なくなり、2024年には売上高が5分の1以上減少した。再解釈されたヘリテージは強力な預け入れとなる。行き過ぎたヘリテージは引き出しに変わる。
確立したブランドにとってのリスクは、通常、ヘリテージを失うことではない。ヘリテージの陰に隠れることである。品質が落ちたり、イノベーションが停滞したりしても、歴史だけで事業を支えられると思い込むことだ。ヘリテージは注目を集めてくれる。だが、次の売上を保証してはくれない。
今日のイノベーションは、明日のヘリテージ
ここには見落としやすいポイントがある。今日ヘリテージと呼ばれているものの多くは、もともとイノベーションとして生まれたのだ。
日本のラグジュアリーの歴史は、このことをよく示している。1893年、御木本幸吉は初めて半円真珠の養殖に成功した。当初、宝飾業界の多くが疑いの目で見た画期的な成果である。それから1世紀以上を経て、そのイノベーションは日本で最も尊敬されるラグジュアリーメゾンの一つの礎となっている。グランドセイコーは1960年、日本の時計メーカーがスイスの精度に匹敵できることを証明するために誕生した。後に登場したスプリングドライブは、機械式と電子技術を組み合わせたハイブリッドのムーブメントで、業界にとって新しいものだった。今日では、創業時の志とそのイノベーションの両方が、顧客が購入するものの一部となっている。
イノベーションはヘリテージになる。ただし、それが長く続くだけの品質を備えている場合に限られる。
新しいブランドにとって:動機というヘリテージ
ここから、この教訓はさらに興味深くなる。私が現在アドバイスしている創業者や経営陣の多くは、若いブランドを率いている。彼らは時に、100年の歴史を持つアーカイブがないのだから、このフレームワークのヘリテージの部分は自分たちには当てはまらないと考える。
私の見方は違う。新しいブランドは古さ・歴史を持つことはできないが、原点を持つことはできる。そのヘリテージとは、動機と情熱の背後にあるストーリーだ。創業者はなぜ始めたのか。どんな課題や不満が頭から離れなかったのか。どんな基準だけは譲らなかったのか。技、素材、あるいは顧客の何を愛しているのか。そのストーリーが真実で、うまく語られるなら、確立したブランドにとって歴史が果たす役割を、新しいブランドにとって果たしてくれる。それが勘定の期首残高となる。
日本のデザイナー、皆川明は1995年、少なくとも100年続くブランドをつくることを掲げて、現在のミナ ペルホネン(minä perhonen)となるブランドを立ち上げた。この一つの志が、その後のすべてを形づくった。自社でデザインするオリジナルのテキスタイル、機屋や工房との長い関係、そしてシーズンではなく何年も使い続けられるよう作られたアイテム。30年を経て、このブランドにはヘリテージがある。それは創業者の動機を起点に、意図して築かれたものだ。
すべてのヘリテージブランドも、かつては創業者と理由を持つ新しいブランドだった。今日私たちが憧れるメゾンも、何かをより良く、あるいは違うやり方で行うことに強いこだわりを持った誰かから始まった。新しいブランドは今まさに、自らのヘリテージの第一章を書いている。初期に下す選択が、後に他の人々が語るストーリーになるのだ。
ただし、新しいブランドがそのストーリーだけに頼ることはできない。期首残高は小さい。長い実績がない以上、原点のストーリーは製品そのものによって何度も証明され続けなければならない。だからこそ、新しいブランドにとっては、品質とイノベーションが担う比重がきわめて大きいのである。
重責を担うのは品質とイノベーション
若いブランドにとって、品質は情熱が本物であることの証拠である。望む水準で作られた製品が見つからなかったから会社を始めた、と創業者が言うのなら、その製品は毎回その水準を満たしていなければならない。顧客は、新しいブランドが小さいことは許す。だが、いい加減であることは許さない。老舗メゾンなら、残高の厚みによって期待外れのシーズンを乗り切ることができる。新しいブランドには、そうしたクッションはない。
イノベーションは、新しいブランドが自らの居場所を勝ち取るためのものだ。老舗メゾンはすでに定番を押さえている。新参者は、彼らにないものを提供しなければならない。新しい素材、新しいものづくりの方法、新しいサービスモデル、古いカテゴリーに対する新しい視点。イノベーションは劇的である必要はない。意味があることが重要であり、創業の動機とつながっていなければならない。そうすれば顧客は、その新しいアイデアがストーリーと同じところから生まれていると分かる。
同じ論理は、第二章を模索する確立したブランドにも当てはまる。モンクレールは1952年、グルノーブル近郊で登山用品メーカーとして創業した。数十年のヘリテージを持ちながら、単一製品の会社と見なされるリスクを抱えていた。2018年に始動した「モンクレール ジーニアス」プロジェクトでは、複数のデザイナーを招き、メゾンが一貫して作ってきたものを再解釈させた。原点にしっかりと根ざしたイノベーションであり、ブランドが掲げてきたものを捨てることなく、ブランドをめぐる話題を新たにした。
シンプルなテスト
老舗メゾンにアドバイスするときも、スタートアップにアドバイスするときも、私はあらゆる製品、コレクション、ローンチについて、三つの素朴な問いを立てることが役に立つと考えている。
- ヘリテージ: これは、私たちが何者であり、なぜ存在するのかと明確につながっているか。それが100年の歴史であれ、創業者が事業を始めた理由であれ。
- 品質: 最も目の肥えた顧客がこれを細かく吟味し、何年も使い、友人に勧めたとしても、私たちは誇りに思えるか。
- イノベーション: これは、かつて存在しなかった何を、あるいは他の誰もまったく同じ形では提供していない何を提供しているか。
そして、三つをまとめる四つ目の問い。このローンチは、5年後のブランドのエクイティ勘定を強くするのか、それとも弱くするのか。
これらのいずれかへの答えが弱くても、製品は売れるかもしれない。だが、長く続くブランドを築くことにはなりにくい。
私が何度も立ち返る教訓
LVMHでのあの対話で私が最も評価したのは、そのバランスである。誰にも逃げ道を与えなかった。クリエイティブチームは歴史に寄りかかることができず、製品チームは品質で手を抜くことができず、誰も新しさそのものを目的に追い求めることはできなかった。三つすべてが、同時に成り立っていなければならなかったのである。
何年たった今でも、ブランドが長く続くものを築いているかどうかを見極めるうえで、これは最も明快な方法の一つだと私は考えている。確立したブランドにとっての仕事は、品質とイノベーションによってヘリテージを生かし続けることだ。新しいブランドにとっての仕事は、自らが存在する理由を誠実に語るストーリーから始めて自分たちのヘリテージを築き、生み出すすべての製品でそれを証明していくことだ。どちらの場合も目指すところは同じである。毎年少しずつ増えていき、次の世代のリーダーたちが誇りを持って受け継げる勘定である。
出典
- スターブランドの完璧なパラドックス:ベルナール・アルノー氏インタビュー, Harvard Business Review, 2001年10月
- ルイ・ヴィトン、村上隆の「マルチカラー」ラインを終了, PurseBlog, 2015年7月
- ケリング2024年通期決算:グッチの売上高, Kering, 2025年2月11日
- ミキモトのブランドストーリー, Mikimoto
- グランドセイコー スプリングドライブ キャリバー9R, Grand Seiko
- ミナ ペルホネン:ブランドについて, minä perhonen
- ミラノで「モンクレール ジーニアス」を発表, Dezeen, 2018年2月
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